日本スペンサー協会会報
2003-1号 2003年4月25日発行
860-0868 熊本市清水万石1-5-32 福田昇八気付
03-01 本部連絡先の変更 会長の九州ルーテル学院大学退職により、4月からの
本部連絡先が会長宅になりました。メールアドレスは変わりありません。
電話/Fax: 096-344-1748
| 03-02 成蹊大学にて年次総会開催 今年度の年次総会を成蹊大学のご好意により日
本英文学会大会にあわせて下記のとおり開きます。3年ぶりの開催ですので振るって御参加 |
| ください。 日時:2003年5月25日(日)午後1時ー1時50分(入室は12:30から) |
| 場所:成蹊大学8号館405教室 |
| 議題: |
(1) 本部の移転について |
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(2) 前年度決算と新年度予算について |
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(3) ホームページ開設について |
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(4) その他 |
| 議題として提案があればメールでお知らせください。恒例の「肩の凝らない話」
は、久しぶりですので出席者の近況報告を主にしたいと思います。住所や勤務先変
更などがある場合は、メールかはがきでお知らせください。席上で新名簿を配付します。
総会は抜き刷り交換の機会でもありますから、ご利用ください。ただし、持ち込み物の
残部は退出時には必ずお持ち帰り願います。
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03-03 2002年度会計報告
収入: 283,854円(繰越金)
支出: 39,677円
(ホームページ設定料 27,991円 切手8,000円 消耗品3,680円)
繰越金:244,177円
03-04 ホームページの開設 本会のホームページを会員のマクナマラ氏を通じてカ
ナダの業者に依頼して開きました。アドレスは下記の通りです。メールアドレスを
お持ちの会員へはメールで連絡します。なお、会報の編集から発送まで相当の時間
と労力を要しますので、なるべく多くの会員がメールアドレスを持たれると連絡が
格段に簡便化されます。ホームページができれば論文の抜き刷りもそのまま掲載で
きますので、関心がある人がダウンロードして読むことができます。emailは研究者
の必需品ですから、アドレスをお知らせください。
http://www.spensersocietyofjapan.org
pop-e-mail address: info@spensersocietyjapan.org
このホームページには審査の上で会員の論文などを掲載することになります。そ
のための編集委員は5月総会で承認いただくことになります。
03-05 Spenser Review 講読案内 国際スペンサー学会の書評誌Spenser Review (
年3回刊)の購読料は年15ドルです。国際郵便小為替送金の場合は受取人を The
Spenser Review とし、Department of English, University of Notre Dame,
Notre Dame, IN 46556 USA へ郵送します。また下記のウェブサイトから申し込めば
カードによる送金ができます。
http://www.english.cam.ac.uk/spenser/spenrev
International Spenser Society への入会申し込みは下記のサイトで申込むこと
ができます。年会費(Spenser Review 購読料を含む)は30ドル(学生と退職者は
20ドル)。
http://www.english.cam.ac.uk/spenser/society.htm
03-06 2002年度 Kalamazooスペンサー学会出席報告 シカゴの西方に位置するカラ
マズー市の郊外にあるWestern Michigan University では、毎年5月にMedieval
Institute of English Literature と総称される学会が開催されます。これは関連
する数十の研究団体が同時に5月始めの日曜日までの4日間にわたり発表を行うもの
で、昨年はその第47回大会が開かれました。参加費は92ドルと決して安くありませ
んが、一泊25ドルで学内宿舎も利用できますし、市内ホテルも95ドルの学会料金に
なっています。
スペンサー関係は4-5の2日間、3つの会場で合計12の発表があり、特別講演が
1つありました。これは国際スペンサー学会とは独立した行事で、昨年度はAnn
Lake Prescott教授らの委員会によって運営されました。私はSpenser Review の編
集者Teressa Krier 教授の勧めで参加し、スペンサーの日本語韻文訳について発表
しました。主催者側の夜の行事として、木曜と金曜の夜は学外で演劇、土曜の夜は
学内でダンスが計画されていましたが、私はある教会で催された中世劇を見ました
。これはラテン語での台詞を英訳のテキストを片手に観るというもので、大変いい
経験になりました。スペンサー関係では、金土の両日ともレストランで一緒に夕食
をするというのが伝統のようです。金曜日の夜はステーキハウスでの会食で、私は
司会を務めてくれたJon Quintslund 教授と同席して歓談しました。教授はシアトル
湾の島に住んで庭仕事に精を出しているということで、近著をもらいました。日本
で話をする機会があればスペンサーと庭仕事についてというタイトルにしたいと言
っていました。土曜日の夕食は中華料理店でOram教授と同席し、彼がカンタベリー
物語の冒頭を朗唱してくれたりして意気投合しました。なおこの会はインタネット
でMedieval Instituteで検索して申し込みできます。スペンサー関係の発表の申し
込みの締め切りはは毎年9月中頃です。詳細はSpenser Review に発表されます。同
じ大学を会場にして30数年も前から毎年やっているだけに、日本英文学会の大会な
どより遥かに大規模な学会ながら、大変ゆうゆうたる運営ぶりのようでした。それ
にしても、あの大学はこれで大変な収益を挙げていると思いました。なお、私の発
表原稿は紀要に載せましたので、同号収載のリシダスの七五調訳と共に喜んで献呈
します(総会の席で差し上げますが、送付希望の方はメールかはがきでお知らせく
ださい)。 (福田昇八)
スペンサー関係書籍論文
03-8 Jon A. Quntslund. Spenser's Supreme Fiction: Platonic Natural
Philosophy and "The Faerie Queene". University of Toronto Press,
2001.
373 pages.
プラトンの研究家・翻訳者である著者のスペンサー論。
03-9 Nobuo Shimamura. Clad in Colours: A Reading of English Epic
Poetry. Kanto Gakuin University Press, 2002. 196 pages + 4 color plates.
2800 yen.
スペンサー、ミルトン、キーツ、バイロン、スコットの色彩研究(03-15参照)。
03-10 Richard McNamara. "Dedicatory Sonnets to the 1590 Faerie Queene"
Spenser Studies XVII(2003):293-295.
『妖精の女王』初版には16の献呈のソネットが巻末に付されている。1ページに
2つずつ身分順に載っているが、15番の下が空白のまま残され、その理由が大きな
なぞになっていた。これは死者への陰膳の考えで説明できる。則ち、フィリップ・
シドニーに捧げるべきであったのが4年前の戦死によって載せられないので、故人
の妹ペンブルック伯爵夫人メアリ・シドニー(15番)とスペンサー伯爵令嬢エリザ
ベス・ケアリ(16番)の間をいわば陰膳として空けて置いたのである。
03-11 Shohachi Fukuda. "Translating Spenser into Japanese Verse:
A
Beautiful Mind in Beautiful Lines." 九州ルーテル学院大学紀要VISIO 29(
2002):91-100.
西洋の詩の日本語への翻訳は、意味の伝達を主にし韻律の伝達は軽視されている
現状から説き起こし、両方を同時に実現するには万葉集以来の七五調の響きを使う
べきだという主張を『スペンサー詩集』(筑摩書房, 2000)から例を引いて述べたも
の。最後にスペンサーの響きに耳を傾けながら訳すことから得た結論として、スペ
ンサーがシンメトリーと2:1の比率を示す特定の数字をすべての詩の構造として使
っていること、それは美しい調和と秩序を求める彼の心を映したものに他ならない
と述べる。
03-12 Shohachi Fukuda. "The Numerological Patterning of the Mutabilite
Cantos". Notes and Queries 248.1(March 2003):18-20.
『妖精の女王』第1巻の1篇と2篇の挿話は27 + 1 + 27 / 27 + 18の構造を持つ。
この27を3回使う構造が最後の挿話にその明らかな構造36 + 18 / 13 + 33 + 13 と
同時に認められることを指摘し、これはこの叙事詩の始まりへの復帰を示すと述べ
る。
03-13 水野眞理訳「一五九六年、エドマンド・スペンサー氏によりユードクサスと
アイリニーアスの対話の形で書かれたるアイルランドの状況管見」『文学と評論』
第3集第2号(2002年11月)pp.37-55
(03-16参照)
03-14 川西 進 「George Herbert の'The Flower'を読む」 フェリス女学院大
学大学院共同研究『欧米文化の背景とキリスト教』4(2002): 4-13
平明に見えて読む度に新しい発見があるハーバートの詩をHelen Vendler の読み
方などを参考に評釈。
会員近況報告
03-15 メアリ・ロウス ここ数年来、文部科学省から科研費を受けて「メアリ・
ロウス研究--シドニーとの比較を通して」に打ち込んでいます。その成果の一端と
して、「フィリップ・シドニー『五月祭の佳人』-- 翻訳・注解・解説」と「メア
リ・ロウス『パンフィリアからアムフィラントスへ』-- 翻訳・注解・解説」を、
いずれも本邦初訳として福岡女子大学文学部紀要に掲載しました。メアリ・ロウス
はイギリス最初の自覚的女性作家として、最近英米では盛んに研究され、『パンフ
ィリア』の校訂本のみならず、あの大部の長編ロマンス『モントゴメリ伯令夫人の
ユレイニア』2巻も詳しい注釈がついた校訂本がすでに出版されています。又、研
究書や研究論文も続々と出てきています。日本ではまだ研究の端緒についたばかり
ですが、その価値がある作家だと思われます。
又、これは宣伝めいていて恐縮ですが、イギリスの高名な小説家・批評家デイヴ
ィッド・ロッジの『現代文学の諸様式』[松柏社、玉井章大阪大学教授と共訳]が
夏には出ます。構造主義・記号論の立場から、具体的に作品を緻密に分析したもの
で、とても面白いです。 (村里好俊 murasato@mx.fwu.ac.jp)
03-16 『アイルランドの状況管見』 昨年の末にスペンサーのアイルランド論の冒
頭8分の1ほどの訳を雑誌に載せました。最初の問題はどのテクストを底本とする
か、でした。この文書の初版は1633年にJames Wareが他のアイルランド関係の文書
とまとめて書物の形にしたものですが、1633年以前のマニュスクリプトが少なくと
も15種類現存しています。現代ではマニュスクリプトのうちのいくつかを校訂した
テクストとしてW.L.Renwickの手によるもの(1934)、Rudolf Gottfriedの手による
Variorum Edition (1949)があり、詳細なテクスト解説もついていますが、今の私に
はそれらの優劣を論じる能力がありません。また、Wareの刊本をモダナイズした
Andrew Hadfield とWilly Maleyによるテクスト(1997) が出ていますが、誤植があ
ったり、付加された句読点が適切でないように思えたりします。結局、私自身が入
手できる唯一のauthenticなテキストであり、初期近代ではもっとも多くの読者に読
まれたテクストとして、English Experienceシリーズからファクシミリで出ている
Wareの1633年版を底本として用いました。しかしWareによって大幅な編集を受け、
タイトルも変えられたこのテクストを用いることがよいのかどうか迷いは残ってい
ます(この文書は通例、書籍出版業組合に回されたマニュスクリプトに従ってA
View of the Present State of Ireland と呼ばれていますが、Wareはもはや40年前
の事情を記したこの文書のタイトルから'Present'の語を削除しています)。
本書の文体上の大きな特徴は、理由や根拠を示す接続詞のforが瀕用されているこ
とです。イングランド人によるアイルランド経営がなぜうまくいかないのか、登場
人物のアイリニーアスの提案するような強硬な支配がなぜ正当化されうるのか、と
いったことについて、スペンサーは書くことによって根拠を探し求め、また作り上
げていったのではないか、という気がします。その意味でこれは公に向けて書かれ
たものでありながら、スペンサーの心の襞が見えるような文書だと感じます。
しかしこの文書と向き合ってみるとさまざまな技術的困難に悩むことになりまし
た。なによりも私自身がエリザベス朝期の散文に慣れておらず、意味をとらえきれ
ない箇所があること、歴史的な事実で確認できないことが多いこと、地名や人名の
発音をどのように片仮名表記すればよいのか--現在存在しない地名があったり、
当時のイングランド人がアイルランドの地名をどう発音したか想像することが難し
いこと--などです。今後翻訳を続けて行く中で次第に解消していく問題もあるか
とは思いますが、道は遠く、歩みはなかなかはかどりません。それでも是非この仕
事を完成させて、スペンサー研究にも、また英国植民地主義の歴史研究にも、また
初期近代アイルランドの文化史研究にも役立ちたいと考えています。
(水野眞理 Mari.Mizuno@ma1.seikyou.ne.jp)
03-17 ルネサンス研究会と『クアトロ・カンティ』 今回私が所属するルネサンス
研究会(川崎淳之助主催)の機関誌『クアトロ・カンティ』の第3号が刊行された
。これを機会に、この会の紹介をしたい。当研究会は、今年で創立以来11年を迎
える。主な活動は、池袋の勤労福祉会館で毎週火曜日の午後、『フェアリー・クィ
ーン』とダンテの『神曲』(イタリア語原文)を輪読する事である。前者の方は会
員にエリザベス朝の専門家が少ない事もあって、まだ第2巻の終わりでもたもたし
ているが、後者のほうは昨年、煉獄篇をおえ、今文字通り天国への階段を上ってい
るところである(現在天国篇第9歌)。昨年末発行の第3号は、<ダンテ論特集>
と銘打ち、『神曲』に関する論文が4本(川崎淳之助、山越邦夫、高橋祥恵、岩永
弘人)、その他松永智恵氏の論文『神の恩寵か、神への反逆か?――16世紀イング
ランドの女性君主論』ほか、文芸時評1篇(伊勢村定雄)が掲載されている。ほか
に会員によるエッセイ、詩、小説(三輪春樹、堀内正子、神崎樹、ホーファー庸子
)も含まれているのが本誌の特徴である。興味がおありの方は岩永まで(一部
1500円)。 (岩永弘人 iwan@nodai.ac.jp)
03-18 『消えゆく言語たち』とClad in Colours 2001年6月に『消えゆく言語た
ち――失われる言語、失われる世界』(新曜社、四六版368ページ、定価3,200円)
という翻訳書を上梓しました。発売1ヵ月後、朝日新聞(7月8日付け朝刊)書評
欄第一面で取り上げられ、木田元氏(中央大学名誉教授・哲学)が「言語について
私たちに痛烈な反省を迫る本である」との読後評を載せて下さいました。さらに、
3ヶ月後には日本経済新聞の読書コラム〈今を読み解く〉で言語学者の田中克彦氏
から「これまでにはなかったまさに待望の書であって、(中略)読者が、いかに困
難な問題を前にしているかを教える点で、すぐれた書物である」との紹介をしてい
ただいたこともあり、K書店新宿本店でも「この分野のものとしては破格の売れ行
き」(同書店横浜営業所S氏談)を見せて、半年を経ずして初版2, 500部を完売、
増刷されてなお売れ行きは順調です(2003年1月現在で3刷)。月刊誌『言語』9月
号のコラム〈言語圏α・・・【ことばの書架】〉での言語学者の渡辺己氏の書評、
日本経済新聞10月13日付夕刊のコラム〈あすへの話題〉での作家高田宏氏の紹介、
さらに出版後1年以上も過ぎた、この10月末に再び朝日新聞の読書コラム〈本屋さ
んに行こう〉で美術作家やなぎみわ氏によって取り上げられ、その「反響の大きさ
」(評論家松岡正剛氏のHPにおける長大な読後評をはじめ、現在のところインタ
ーネットによるヒット件数は35件を数えます)と「息の長さ」(大型書店に常備さ
れています)に、私自身も驚いている次第です。原著は、オックスフォード大の文
化人類学者 Daniel Nettle 氏と社会言語学者Suzanne Romaine 氏の共著
Vanishing Voices: The Extinction of the World’s Languages (Oxford U.P.,
2000) で、オックスフォード大学の公開講座での成果がもとになっています。言語
学書ですが、難解な術語を避けた、バランスのとれた具体的な記述から見ても、対
象とする読者はあくまでも一般読書人です。日本語版の帯に見えるように「世界の
大部分の言語が、生物種の絶滅と軌を一にして、急速に消滅している。言語はどの
ように死んでゆくのか?われわれに、何ができるのか?」を切実に、また誠実に問
いかけるこの本は、「均一化するグローバリズムへの警鐘」を鳴らす一書であると
言ってよいでしょう。
スペンサーに関連しては、アイルランドで私たちの詩人が否応なく対峙した「アイル
ランド文化」をはじめ、西北ヨーロッパの先住ケルト民族の伝統文化が、その後の
時代にあって、豊かな経済力を背景にしたイングランドの、そして「英語」という
言語のもつ激しい破壊力、征服力の前にいかにして屈したかの、歴史的プロセスが
鳥瞰されています(第6章)。この本を若い読者、特に高校生たちにも読ませたい
と言ってくれた読者がいます。確かに、このような世界的規模での言語消失という
事態の「おそろしさ」を、21世紀を担う若い人々は理解しておいてよいように思わ
れます。この本が「残る本」であると信じる訳者としては、今後ともより広い読者
層を獲得してゆくことを期待したいと思います。
昨年暮れに上梓したのが、英文論集 Clad in Colours: A Reading of English
Epic Poetry で、発足して間もない関東学院大学出版会による2冊目の出版物です
。この20年間、フィロロジストとして私がたずさわってきた詩的言語の、とりわけ
叙事詩における色彩語研究の成果です。この書物はジャケット・デザインに工夫が
凝らされ、非常に華麗なものに仕上がりました。特筆すべきは、定価を2,800円に抑
えられたことです。これはSpenser Review に書評が出るようです。ハミルトン教授
へも贈呈したところ、次のような文言を含む懇切な礼状をメールでいただきました。
"You have dared to undertake a pioneer work in which you could build
on
established criticism. In my judgement, you have succeeded admirably.
I
am much impressed by the thoroughness with which you have investigated
the occurrences of colours and their significance. In the future,
students of English epic poetry won't be able to ignore the use of
colours by the poets you treat, and may persuade them to extend your
analysis to other poets."
出版がやや遅れていますが、もう1冊、『英語の感覚と表現』(三修社)という大冊
の論文集が間もなく刊行される予定です。英語表現学会から執筆を依頼され、「ミ
ルトンの場合――17世紀後半の感覚と表現」と題する論文を寄稿しています。色彩
語の研究は視覚にかかわりますが、ここでは聴覚、味覚、触覚、嗅覚、その他の感
覚的表現をParadise Lost に探っています。 (島村宣男 shima@nd.catv.ne.jp)
03-19 『イギリス名作短編集』 このたび、暇にあかして翻訳しておいた原稿を活
字にしてみました。ハーディからマンスフィールドまでの6篇です。果たして「名
作」になっているか甚だ心許無いものがありますが、出版社(近代文芸社 2003年
152頁 1600円)が全国紙の広告にも出してくれたりで、好評のようです。 (平戸喜文)
03-20 The Faerie Queene本文の書評 専門誌 TEXT に長文のReview Essay が掲載
されています。これは web 上でも読めますので、ご案内致します。私のホームペー
ジからでも入れます。 (山下浩 http://www.textual.org/text/contents.htm)